ストレスがないのに、なぜ体は不調を訴えるのか

検査では異常なし。でも、頭痛やめまいは続く。
そんな経験はありませんか。
ストレスもないのに、倒れてしまった人
先日、ある知人にお会いしました。
その方はすでに会社を退職し、今は週に3日ほど嘱託契約でのんびりと働いています。お金の心配もなく、まさに悠々自適の暮らしです。
ところが先日、突然めまいがして倒れてしまった。倒れたのは一度きりでしたが、頭痛やめまいはしょっちゅう起きていたそうです。病院に運ばれて検査を受けましたが、結果は「異常なし」。
ほっとした一方で、本人も家族も不思議でなりません。
なぜ、何の不満もないのに、体だけが不調を訴えるのか。
「忙しい毎日」が「暇な毎日」に変わったとき
その方には、こんな変化がありました。
退職という節目を境に、忙しい毎日が、ぽっかりと空いた暇な毎日に変わったのです。やりたかった趣味もできるようになった。不満は何もない。
ただ、その方はこう言いました。
「これからの余生を、何を目的に過ごせばいいのか、わからない」
趣味はある。けれど、それはいっときのこと。自分が満足するか、家族が喜んでくれるか。他人との関わりも、極端に少なくなっていました。
「身体と思考が関係している」と言われても
私が整体と「思考×身体の回復メソッド」のお話をすると、その方はこう返しました。
「身体の不調と思考が関係しているなんて、そんな〜」
不調は病院で薬を飲んで治すもの。そんな迷信じみたことは考えられない、と。
それ以上の説明は、しませんでした。
人生は人それぞれです。新しい考え方を柔軟に取り入れて試していくのか、それとも今まで培ってきたものを揺るぎないものとして生きていくのか。どちらが正しいということではありません。
不調は、生き方からの“合図”かもしれない
ただ、現場で多くの体を診てきて、思うことがあります。
体は、強いストレスがなくても不調を出すことがある、ということです。
私たちの体は、「何をして生きていくのか」という方向を失ったとき、静かに緊張をため込みます。やることはあっても、心が向かう先がない。その宙ぶらりんの状態が、知らないうちに体をこわばらせていくのです。
過緊張は、自律神経が乱れた“結果”ではなく、“原因”です。
思考のクセが体を緊張させ、その緊張が自律神経を乱していく。
だからこそ、生き方への問いかけが、体をゆるめる入り口になります。
今一度、問いかけてみる
何のストレスもない。それなのに体に不調が出る。
なぜだろう。
これからの人生に、生きる目的を見出せているだろうか。
「こうあるべき」と、知らないうちに思い込んでいることはないだろうか。
答えをすぐに出す必要はありません。ただ、一度立ち止まって自分に問いかけてみること。それは決して無駄にはなりません。
やるか、やらないか。選ぶのは、いつも自分自身です。
