挨拶を無視されてイラッ…その感情の正体、知っていますか?

挨拶を無視されると、イラッとしませんか?
朝、すれ違いざまに「おはようございます」と挨拶したのに、無視されて素通りされる。
そんな経験、ありませんか?
「感じ悪いなぁ」「無視するなんて」——一瞬でもそう思ったら、それは決してあなただけではありません。私も長いこと、同じようにイラッとしていました。
柴犬との散歩で、毎朝起きていたこと
私はほぼ毎朝5時半ごろ、柴犬の小春ちゃんと散歩に出ます。この時間でも、思っている以上にたくさんの人が歩いています。すれ違うたびに、私は「おはようございます」と声をかけるのが習慣です。
ほとんどの方は挨拶を返してくれるのですが、中にはスッと無視して通り過ぎる人もいます。
以前の私は、そのたびに小さくイラッとしていました。「挨拶したのに、なんで無視するの」と。
でも最近は、もうイラッとしなくなりました。イラッとした感情が出るたびに「なぜ自分は今イラッとしたんだろう?」と自分に問いかける作業を、何度も何度も繰り返してきたからです。その中で、自分の中にあった「挨拶したら返してもらって当然」という思い込みに気づいたのです。
(この「自分に問いかけて、思い込みに気づく」プロセスについては、他の記事で何度もお話ししているので、今日は詳しくは触れません)
イラッとしなくなった後に、不思議な感覚が起きた
思い込みに気づいてからのことです。私はちょっとしたことを始めました。
無視されて通り過ぎたあと、心の中でこう願うようになったのです。
「今日もこの人に、いいことがありますように」
正直、書いていて自分でも「ちょっとカッコつけてる?」と思う部分もあります(笑)。でも、これは本当に、素直な気持ちでやってみただけなんです。
すると不思議なことが起きました。
頭がふわっと天に昇るような感覚があって、そのあと、なんとも言えない気持ちよさが広がるのです。
無視されているのに、気持ちいい。
イラッとするはずの出来事が、なぜか心地よい感覚に変わっている。この逆転現象に、自分でも「なんじゃこりゃ」と驚きました。
この感覚の正体を調べてみた
不思議に思っていたところ、あるお客様から「それって集合的無意識と関係しているんじゃないですか」と教えていただきました。
さっそく調べてみると、心理学の世界では「ピーク体験(至高体験)」や「トランスパーソナル的体験」と呼ばれる状態に近いようです。
私なりの理解でお伝えすると、こういうことだと思います。
「挨拶したのに無視された、イラッとする」——これは、自分と相手を切り離して、自分のルール(挨拶したら返してもらって当然)で相手を見ている状態です。いわば、自我というちいさな枠の中に閉じこもっている感覚。
その思い込みが外れたとき、自我の防衛から解放されて、もっと大きな「全体とのつながり」のようなものに触れる。だから、無視されているのに気持ちよくなる、という逆転が起きたのだと思います。
もちろんこれは私個人の体感であり、誰もが同じように感じるとは限りません。ただ、臨床の現場でも「思い込みが外れた瞬間、体がふっと軽くなる」という反応は、本当によくお見かけします。
一つの見方をやめると、見える景色が変わる
無視した人にも、きっと何か理由があります。
「さっき家族と喧嘩したばかりで、誰とも話したくなかった」のかもしれない。「大切な人に何かあったばかり」なのかもしれない。
「挨拶したんだから返してもらって当然」という一つの見方をやめたとき、初めて「この人にもいいことがありますように」と、自然に思えるようになりました。
これは、私がよくお伝えしている「パラダイムシフト」そのものです。ものの見方が変わると、感情の反応そのものが変わっていく。
あなたの毎日にも、小さな解放は起こせます
挨拶を無視されること以外にも、日常には「イラッとする瞬間」がたくさんあります。
でもその感情の裏には、必ず「〜であるべき」という自分の思い込みが隠れています。それに気づくだけで、同じ出来事が、まったく違う感覚に変わっていく。
今日、もし誰かにイラッとする瞬間があったら、「自分は今、何を当然だと思っていたんだろう?」と、少しだけ自分に問いかけてみてください。
そこから、あなたの毎日も少しずつ、軽くなっていくはずです。
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