サラリーマン時代の私は「お金を稼ぐため」と答えていました

「あなたの生きる目的は何ですか?」
そう聞かれると、多くの方がこう答えます。
「家族のために生きています」
「子供のために頑張っています」
「お金を稼ぐためです」
「仕方なく、家業を継いでいます」
どれも間違いではありません。そこに正解・不正解はないんです。
ただ、整体師として多くの方の身体と向き合ってきた中で感じるのは——それは「目的」ではなく、「手段」であることが多いということです。
そしてこの「手段」を「目的」だと思い込んで、毎日を過ごしている方が、実はとても多いのです。
実は、私もそうでした
えらそうに書いていますが、私自身がまさにそうでした。
サラリーマンだった頃の私に同じ質問をしたら、きっと「お金を稼ぐため」と答えていたと思います。会社の仲間と「宝くじが当たったら、すぐ辞めて遊んで暮らそうな」なんて言い合っては、笑っていました。
今になって思うのです。——自分にとって仕事って、人生って、その程度のものだったのか、と。
では、今の私の「生きる目的」は何か。
苦しんでいたり、悩んでいる方が、私を頼って来てくださったとき、その方がもう一度いきいきと暮らしていけるように。そういう方が一人でも多く増えていくように。そして、その方が心からホッとした顔をされる、あの瞬間に立ち会いたい——。それが、今の私の生きる目的です。
目的があると、「歯を磨くこと」さえ変わる
この目的を持ってから、毎日がまるごと変わりました。
たとえ苦しい日があっても、私は毎日その目的に向かって行動できています。寝ることも、朝起きることも、食事をすることも、買い物も、歯を磨くことも、お風呂に入ることも——その全部が、私の生きる目的につながっているのです。
これが、「手段」と「目的」の決定的な違いです。
手段で生きているときは、稼ぐ・休む・楽しむが、それぞれバラバラに存在しています。でも目的があると、何気ない一つひとつの行動が、全部一本の線でつながっていく。だから、地味な毎日のはずなのに、生きている実感がともなうのです。
不調の正体は「目的を見失った状態」
身体に不調が出ているとき、多くの方はこの「生きる目的」を見失っています。たとえるなら、濃い霧の中をずっと歩いているような感覚です。
休日は趣味に没頭し、テレビやスポーツの結果に一喜一憂し、欲しかったものを手に入れて満足し、楽しい時間をSNSにあげて、ちょっとした優越感を味わう——。
これは、全く悪いことではありません。自由に楽しんでいいことです。
でも、ふと「何か物足りない」と感じることはありませんか? その瞬間は、夢中になれていても。
その物足りなさは、あなたが悪いわけでも、努力が足りないわけでもありません。ただ、「手段」のほうばかりを見て、「目的」が霧で見えなくなっているだけなんです。
私が行っている「思考×身体の回復メソッド」では、身体の緊張をゆるめ、思考を整えていきながら、最終的にこの「あなた自身の生きる目的」に気づいていただくことを大切にしています。
目的に気づくと、同じ毎日が変わります。同じ趣味、同じ仕事でも、生きている実感がともなう。無理に見栄を張らなくても、それだけで満たされていく。そして、霧が晴れていくように、身体の不調もゆるんでいきます。
それが、本当の意味での「不調からの回復」だと、私は考えています。
