パニックは、突然じゃない。体は、言葉より先に知っていた

朝の通勤バス。
ある停留所でどっと人が乗り込んできて、空いていた車内が一気に満員になる。そのまま長いトンネルに入り、朝の渋滞でノロノロとしか進まない——。

そのあたりで、ふいに吐き気がこみ上げてきました。
「まずい、まずい…」
冷や汗がにじみ、焦りだけがふくらんでいく。なぜこんなことになるのか、自分でもまったく分かりませんでした。

これは、50歳の頃の私自身に起きていたことです。

なぜ、私は人生を問いはじめたのか

ちょうどその頃、私は自分の人生について深く問うようになっていました。

きっかけは、父のことでした。
父は60歳でこの世を去りました。私がまだ30代の頃です。典型的な猛烈サラリーマンで、ほとんど休みなく働き、夜も遅く帰ってくる。日曜日は家でゴロゴロ——。それでも私は、「60歳で退職したら、あとは余生をゆっくり楽しめばいい」と、どこか呑気に思っていました。父自身も、孫の世話を楽しみにしていました。

ところが父は、58歳で病に倒れ、定年を迎える60歳とほぼ同時に亡くなりました。長男である私は、その姿を間近で見ていました。

自分が50歳になったとき、ふと父のことを思い出したのです。
「父は60歳で逝った。だとすれば、自分もあと10年か…」
「もし10年で人生が終わるとしたら、自分は何をして生きるんだろう」
そんな問いが、頭から離れなくなっていきました。

体に、異変が起きはじめた

そして、ちょうど同じ時期から、通勤のたびに体に異変が出はじめたのです。

先ほどの、満員のトンネルの中での吐き気です。
「ここで嘔吐したら大変なことになる」——そう思えば思うほど、焦りはひどくなりました。

前の日が忘年会だったので、最初は二日酔いかと思いました。けれど、翌日も、その次の日も、同じ状態になる。私は、バスに乗ること自体が怖くなっていきました。

いつも座るのは、一番前。前方の出口に近い席です。その席に誰かが座っていると、それだけで焦りがこみ上げてくる。症状は、日に日にひどくなっていきました。

——あとになって、「ああ、これがパニックというものだったのか」と気づきました。

会社が嫌だったわけでは、なかった

不思議なのは、会社が嫌で嫌で仕方ない、というわけではなかったことです。

人間関係も悪くなかった。辞めたくなるほどの不満があったわけでもない。表面的には、何も問題はなかったのです。

ただひとつ、変わったことがありました。
「自分の残りの人生」を、問うようになっていた——それだけです。

体が出していた、サイン

今になって振り返ると、あれは私へのサインだったのだと思います。

「このまま、同じように続けていくのかい?」
体が、言葉より先に、そう問いかけてくれていたような気がするのです。

人生について自問しはじめても、答えはすぐには出ませんでした。いつも問うばかり。けれど後から思えば、その間に私の中では、答えにつながる情報が静かに集まりはじめていたのだと思います。自分に問いつづけていたからこそ、です。

問いが、道をひらいた

そして不思議なことに、今こうして整体師として歩んでいる道が、そこから急に開きはじめました。

人の健康に携わる仕事をするなんて、それまで想像もしていませんでした。ほんとうに、これっぽっちも。
ところが、自分に問うようになってから——まるで何かに導かれるように、道がつながっていったのです。

(つづく)

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