「お金のため」は、生きる目的ではありません ― 朝、体が重い本当の理由

朝、目が覚める。けれど体が重くて、布団から出るのがしんどい。会社や家事に向かう気力がわかない。特別な病気があるわけでもないのに、なぜか毎日だるくて、疲れている―。
施術にいらっしゃる方の中に、こういう方が少なくありません。そして、お話を伺っていくと、ある共通点が見えてきます。
それは、「生きる目的を、意識していない」ということです。
「生きる目的は何ですか?」と聞かれて、答えられますか
私は施術の中で、こんな質問をすることがあります。
「あなたの生きる目的は、何ですか?」
けっこう答えにくい問いですよね。今の私なら自信を持って答えられますが、整体師になる前の私は、たぶん答えに困っていました。正直に言えば「お金を稼ぐため」と答えたかもしれません(笑)。
でも、お金を稼ぐことは「手段」であって、「目的」ではありません。
「手段ではなく、目的ですよ」と返すと、多くの方が混乱します。ひっかけ問題のように感じて、答える気もなくなってしまう。
それくらい、私たちは普段、生きる目的を意識していないのです。
だから、朝起きても会社に行きたくないし、何をやってもだるくて、疲れる。向かう先がはっきりしない毎日は、体にとっても“どこへ進めばいいか分からない”状態だからです。
自分の「お葬式」を、思い描いてみる
では、どうやって生きる目的に気づけばいいのか。
私は『7つの習慣(スティーブン・R・コヴィー著)』の 「第2の習慣:終わりを思い描くことから始める」 を参考に、こんなワークをお伝えしています。
もし、あなたのお葬式が行われるとしたら――
あなたは、どんな弔辞を読まれたいですか?
弔辞を読んでくださる方を、4人イメージしてみてください。
- 親族(家族や親戚)
- 友人
- 仕事関係の人
- 自治会など、地域の組織の人
この4人に、あなたはどんな人だったと語ってほしいでしょうか。どんな貢献を覚えていてほしいか。彼らの人生に、あなたはどんな影響を与えたかったか。
もし「お金が目的」だったら、どんな弔辞になるか
たとえば、以前の私のように生きる目的が「お金を稼ぐこと」だったら、こんな弔辞になるかもしれません。
「あなたはお金に貪欲な方でした。ローンで立派な家を買い、お子さんも立派に育て、高級車にも乗られましたね。素晴らしい人生でした。安らかにお眠りください。」
……正直に言うと、私はこれを読まれたら、少しがっかりすると思うのです。
間違っているわけではありません。でも、自分が本当に残したかったものは、これだったのか? と。
コヴィーは、こんな趣旨のことを書いています。
自分の葬儀でどんな弔辞を述べてほしいかを真剣に考えると、それがあなたにとっての「成功」の定義になる、と。私たちは名声や業績、お金を手にすることを成功だと思い込みがちだけれど、そもそも自分が立てかけているハシゴが、まったく違う壁にかかっているかもしれない―。
登りきってから「壁を間違えた」と気づくのは、つらいことです。
生きる目的が定まると、体がゆるんでいく
ここからが、整体師としての私の実感です。
生きる目的があいまいなままだと、人は「これでいいのか」「あれもこれも」と、頭の中で answer の出ない問いをぐるぐる回し続けます。この思考のクセが、知らないうちに体を緊張させ続けるのです。
過緊張が続けば、自律神経は乱れます。だから、朝がしんどく、だるく、疲れる。
逆に、向かう先がはっきりすると、頭の中の迷いが減ります。思考が整うと、体の力みがゆるみ、自律神経も落ち着いていく。生きる目的は、心の問題であると同時に、体の問題でもあるのです。
答えは「外」ではなく、自分の「内」にある
生きる目的は、誰かに与えてもらうものではありません。本にもネットにも、正解は載っていない。あなたの内側にしかありません。
だからこそ、自分の弔辞を、一度真剣に思い描いてみてください。
考えるか、考えないか。それだけです。
