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78年経過した広島原爆の日8/6

今日は世界で初めて核爆弾が広島に投下され、たくさんの犠牲者が出た日から78年経った原爆の日である。

1945年(昭和20年)8月6日の8:15に広島市で原子爆弾が炸裂した。私は広島市生まれの広島市育ち。
私自身は被爆を体験してないが、親戚は体験している。父親は小学生だったので、福山市に疎開していて8/6は免れた。しかし、叔父や叔母は広島駅近くに暮らしていたため、被爆している。被爆してすぐに亡くなってはいないが、壮絶な体験をしたと思われる。

なぜ、思われるとしか言えないのか?

私が中学生の時、夏休みの宿題で原爆に関するレポート提出課題があった。なので日頃、よく付き合いのあった叔母(父親のお姉さん)にインタビューを試みた。叔母たちは当時女学生だったはずである。

日頃、めちゃくちゃ明るく、よく笑う叔母さんだが、この件に関してはまったく口を閉ざしてしまった。なにも言いたくないと暗い表情になった。私はそれがとてもショックだった。宿題ができないというショックではなく、あの明るい人が、見た事ないほど暗い表情になり、あっちに行けと言わんばかりだった。

女学生だった叔母さんは壮絶だったんだ。中学生だった私と、ちょうど同じ年頃であの惨状を目にしたんだ。原爆資料館の写真でしか見たことがないあの惨状を目の当たりにして、想像できないほど心に傷を負ったんだ。

子供ながらに察することができた。だから、それ以上は何も聞かずそっとして、引き上げた。

現在、被爆者の方が公の場で被爆体験をお話しいただいている機会を見聞きする。語っている方達は相当に勇気を振り絞って語っているのだろうと想像する。叔母さんが勇気が無いと言っているわけではない。誰もが口をつむいで当然だと思った。語るたびに悲惨な光景を思い出すと思えば、心身の疲労はとてつもないだろうと思う。

被爆されている方々や語ってくれる人はどんどん少なくなってきている。ニュースで拝見したが、若い人たちが語り部を引き継いで行こうと努力されている。その姿に感動する。機会を見つけて、その方たちを応援したいと思っている。

私は今、何をすればよいか。
平和を祈念する。そして手を合わせて感謝する。しかし、まだできることはある。
私の20代の娘と息子に想いを引き継ぐことである。ふたりとも県外で暮らしている。
せめて二人だけにはこの日のことを考えてもらうよう、押し付けること無く引き継いでいこうと思う。
それが今、私のできることである。

そして広島だけでなく、沖縄や長崎、そして日本のこと、もっと私自身が学び、どう行動するか考える1日にしようと思う。

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