努力しない

 data-srcset 学び

こんにちは。心整体 いきいき堂の岩野です😀

今日は8月15日。お盆期間であり、終戦記念日でもあります。
日本が戦争をしていた。そしてたくさんの戦没者がいた。

正直なところ、どんな資料、映像、お話を見聞きしても実感が湧いてきません。実体験していないからでしょう。生まれてこのかた、日本では戦争が無かったですからね。

しかし、忘れてはいけないと強く思っています。
無理矢理でも意識しておくべきだと思っています。
体験していないからこそです。

6/23、8/6、8/9、8/15。私はこの日を「意識する日」と決めています。あくまでも自分ルールです。

なぜ、あのようなことが起こったのか、たくさんの犠牲が払われたのか、体験無くとも、さまざまな文献や映像などを参考に、これからも学び続けたいと思っています。

さて、今日は「努力しない」がテーマです。

そんなバカな。
努力しないと成果はでませんよー!

そんな声が聞こえてきそうですが、当然です。
私もそう思っていました。

先日のブログで筋肉が緊張するのは「生き方」も関係しているのでは?・・・という記事を書かせていただきました。なかでも「欲」のことを書きました。「欲」が原因で生き方に力みが入り、心も身体も硬く、緊張すると。

それらは桜井章一さんの書籍「流れをつかむ技術」から学ばせていただいたのですが、今回は「努力しない生き方」です。

努力せずにフラフラ怠けていればいいのかぁ
いつもダラダラ過ごしていても成功するのかぁ

そうではないようです。

努力=頑張る=余計な力が入る

あなたはこれまで生きてきて「頑張ろう」と思ったことは何回くらいあるだろうか?それこそ何百回、何千回、何万回・・・数えきれないほどあるのではないか。

たとえば「努力」というものも、「頑張る」が形になったものである。たいがいの人はそれこそ小さなころから親や教師から「頑張りなさい」「努力しなさい」と言われ続け、「努力」しなければちゃんとした大人になれないと思い込まされている。

努力して頑張れば必ず結果が出る。努力は尊いもの。
そう刷り込まれているから、何かやろうというときには、いつも「頑張って努力する」ことになるのだ。

〜中略〜

つまり、麻雀にしろ、何にしろ、そこにあったのはいつも「努力」ではなく「工夫」だったと思う。

「努力」をしようとすれば必ず余計な力が入る。
練習して上達を続けるには力が入っていてはダメだ。

スポーツでも「努力」という感覚で力を込めて練習すると、視野が狭くなって思うように上達しないし長続きしない。

「努力」というのは往々にして「間違った努力」になりやすいのである。

〜中略〜

たとえば仕事で、あるプロジェクトを努力して進めているサラリーマンがいるとしよう。彼は成果を上げるために頑張っているわけだが、結果的に成果が上がらなければその「努力」は無駄だったと感じるだろう。

つまり成果の有る無しで「努力」の値打ちが180度変わってしまうわけだ。

真剣に頑張ってきたことが無駄だったと感じるような「努力」は嘘っぽい。

〜中略〜

「頑張ったけどダメだったよ」となってもそれでOKではないか。ダメでもどこかに納得感のある「努力」はいいと思う。

そのような「努力」は妙な力みがあまり入っていないし、どこかで「工夫」になっていると思うからだ。

このように成果を目的とする努力は必ず力が入るし、どこか嘘っぽいものになってしまう。

努力をすれば報われるという根強い「努力信仰」が極まって裏目にでてしまったということではないだろうか。

さらに「努力信仰」を補強しているのが、お金や権力や勝利といった「力」への憧れである。たしかによく考えると、われわれが努力して目指す先にあるものは、たいがいお金や権力や名誉や資格や勝利などといった「力」である。

だから余計に「努力」は力の入るものになってしまうのだ。

恋愛や趣味に一生懸命になっている人は「力」なんか入っていないし、「努力」もしていないだろう。「力」が入るとたいていあまり良い結果は生まれない。仮に目的を達成してもどこかにひずみを生むものだ。

私はふつうならここで「力」を入れないと、という局面では、「力」を抜くようにする。「力」が抜けているほど、物事はスムースにいくものだ。

努力しない生き方 桜井章一 著 一部抜粋

「努力をしない」という意味がわかりましたでしょうか?

私はサラリーマンをしていたので、よくわかりました。会社では成果を求められ、評価される。そして出世もかかわってくる。そうなると「力」が入っていました 笑

それで目的を達成したとしてもなんか違和感がある。
桜井さんの言う、嘘ぽっさを感じてしまう。要するに「幸福感」がなかったのです。

とはいえ、努力して素晴らしい成果を上げている人々がいるのも事実。
そこはどうなんでしょう?

素晴らしい成果を「努力」によって上げたと自分も周囲の人間も感じている人がいる。しかし、その人の「努力」は、本人も周囲の人も気づかないうちに必ずどこかで「工夫」に変わっているはずだ。

人生は「努力」すれば良い結果が出るとは限らないが、「工夫」すればおのずとそうなるものである。

努力しない生き方 桜井章一 著 一部抜粋

「努力」も「欲」と関連しているということですね。
少なくとも私はそう理解しました。

お金や権力、名誉、資格、勝利などに執着する努力はどうしても力んでしまう。

結果はどうあれ、そのものを楽しんで探究する、すなわち「工夫」しながら夢中になることで、成果も上がり、充実した幸福感を味わえる。

そういわれてみれば、叙勲されている方々も勲章をもらうために努力したのではないですね。大谷翔平選手もベーブルースの記録を破るために努力してきたのではないですよね。大好きなことを夢中になってやった結果がたまたまそうあっただけ。

努力しない・・・皆さんはどのように感じられましたでしょうか?

力みのない生き方で心も身体もいきいきと元気で過ごしたいものです。
本日はここまでにしたいと思います。最後までお読みいただきありがとうございました。

それではまた!

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