広島精進料理塾での学び 〜食べることは“生きる”こと〜

広島精進料理塾での学び 〜食べることは“生きる”こと〜

今日は広島市中区にある普門寺で開催された「広島精進料理塾」に参加してきました。
ほとんど料理をしない私が料理教室に参加するなんて、自分でも少し笑ってしまいます。

きっかけは、ご近所の曹洞宗のお寺の副住職とのご縁でした。
「禅とは何か?」「精進料理とは何か?」と雑談を重ねるうちに、健康と食事の関係についても考えるようになり、
――能書きを叩くより百聞は一見にしかず。
そう思い、思い切って体験してみようと参加したのでした。


精進料理の基本と今日の献立

ご存じの方も多いと思いますが、精進料理では肉・魚・卵・ニンニク・ニラ・らっきょう・ネギを使いません。
味付けも昆布と椎茸の出汁、そして塩・醤油・ごま油のみ。

今回は、松茸ご飯大根と豆腐のステーキきのこの汁などを作り、みんなで食しました。
食材を余すことなく使うので、生ごみがほとんど出ないことに驚かされました。
まさに“命をいただく”という感覚を体験する時間でした。


「箸を置く」という作法が教えてくれたこと

食事の作法にも深い意味があります。
特に印象的だったのが「咀嚼中は箸を置く」という作法。

最初は正直じれったく感じたのですが、箸を置くことで自然と食感や味わいに集中できるのです。
“食べることに心が伴う”とは、こういうことなのかと実感しました。
59歳にして初めて、心の底から「美味しい」と感じる食事だったかもしれません。


五観の偈(ごかんのげ)に込められた意味

食前には、五つの詩句「五観の偈」を唱えます。

一には功の多少を計り、彼の来処を量る
二には己が徳行の全欠を忖って供に応ず
三には心を防ぎ過を離るることは、貧等を宗とす
四には正に良薬を事とするは、形枯を療ぜんが為めなり
五には成道のための故に今此食を受く

普門寺の吉村住職は、最初の一句を次のように訳されました。

「目の前の食べ物がどのような人の手を経て、どんな思いでここに届いたのか。
そのつながりに思いを馳せていただくことが大切です。」

咀嚼しながら、その言葉を思い出していると、
食材や自然、生産者への感謝が身体中に染み渡るようでした。


“ごちそうさま”に込められた祈り

食後には、残しておいた漬物とお茶で茶碗を洗い流す作法も体験しました。
「ご飯粒を残さず食べなさい」と言われた意味が、初めて体で理解できた気がします。

単なる片付けではなく、最後の一瞬まで命を大切に扱うということ。
その所作の中で、「ごちそうさま」という言葉が心から自然に出てきました。


まとめ 〜食は“命の授業”〜

今日の体験を文章で表現するのは難しいのですが、
59歳にして初めて味わったこの“食べることへの気づき”は、
これからの人生を見つめ直す大切な学びになりました。

「食べる」という行為は、生きることそのもの。
一口ごとに感謝し、丁寧に味わうことが、心と身体を整える第一歩なのだと感じました。

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