『君は誰と生きるか』を読み、私はもう一度「整体の道」を選び直した

先日、神戸と広島を往復する新幹線の中で、
一冊の本を静かに読み終えました。
それが
君は誰と生きるか(著:永松茂久)。
ページを閉じたとき、
胸の奥に、ぽつんと灯りがともるような感覚がありました。
熱い決意というより、
「もう迷わなくていいんだな」
そんな、深い納得でした。
ブックオフで偶然出会った一冊から始まった
もともと私は、
永松さんの本を探していたわけではありません。
ブックオフで別の本を探していた時、
ふと目に入った一冊。
それが「在り方」でした。
偶然手に取ったはずなのに、
中身はまるで、
「今のあなたに必要だからここに置いておいたよ」
と言わんばかりの内容。
そこに書かれていたのは
テクニックでも成功法則でもなく、
どう生きるかではなく、どう在るか。
その言葉に、私は深くうなずいていました。
バラバラだった人生のピースが、
カチッ、カチッと音を立ててはまっていくような感覚。
「ああ、自分はこの方向でよかったんだ」
ようやく、自分の在り方が定まった気がしたのです。
「誰と生きるか」で人生は決まる
そして今回読んだ『君は誰と生きるか』。
この本が教えてくれたのは、
人生は「何をするか」より「誰と生きるか」で決まる、ということ。
どんな場所で働くか
どんな肩書きを持つか
どれだけ成功するか
それ以上に、
誰と笑い
誰と悩み
誰と時間を過ごすか
それが人生の質をつくる。
読んでいるうちに、
私は自然と自分の仕事のことを考えていました。
整体という仕事は、
ただ痛みを取る技術ではない。
「この人に会えてよかった」
そう思ってもらえる関係性を築く仕事なんだ、と。
それはまさに、
“誰と生きるか” の世界そのものだと気づいたのです。
60歳。遅いかもしれない。でも、遅くない
私は脱サラして整体師になりました。
気づけば、もうすぐ60歳。
正直に言えば、
「今さら遅いのではないか」
そんな気持ちがどこかにありました。
これまでの人生も、決して一直線ではなかった。
回り道も多く、中途半端な時期もたくさんあった。
でも、それも全部、自分の選択。
誰のせいでもない。
だったら、
これから先の時間くらいは、
一心不乱に、深く掘っていこう。
そう思えたのです。
広く浅くではなく、
ただひたすら深く。
井戸を掘るように。
山を登るように。
頂上にたどり着けるかどうかはわからない。
途中で力尽きるかもしれない。
それでもいい。
登り続けている人生の方が、きっと美しい。
この本を読んで、私はもう一度、
「整体の道を生きる」と決め直しました。
何度も読み返したい本
永松さんの本は、
一度読んで終わりではありません。
時間が経つと、
同じページなのに、違う言葉に見える。
その時の自分の心の位置によって、
響く場所が変わる。
だから私は、
この本をいつも目立つところに置いておこうと思います。
そして、
ボロボロになるまで読む。
ページが折れ、
線だらけになり、
角が丸くなるまで読む。
そうやって、
自分の血肉にしていきたい。
最後に
もし今、
・これからどう生きようか迷っている人
・仕事の意味を見失いかけている人
・人間関係に疲れている人
そんな方がいたら、
この本は、そっと背中に手を当ててくれると思います。
大きな声で励ますのではなく、
静かに、でも確かに。
「大丈夫。あなたの人生は、あなたが選んでいい」
そう言ってくれる一冊です。
そして私は今日も、
整体院で、目の前の一人と向き合います。
「誰と生きるか」
その答えは、
きっと、ここに来てくださる皆さんなのだと思っています。
