本&映画

人は怒りを捏造(ねつぞう)する

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私の運営している整体院は自律神経不調専門と銘打っていることもあり、肩こり、腰痛などの整形外科的な症状とは別に心のアンバランスからくる不安定な状態を何とかしたいと訪ねて来られる方々が半数以上いらっしゃいます。

  • 寝れない
  • 寝ても疲れが取れない
  • 動悸がしてくる
  • 突然過呼吸が襲ってくる

症状は他にもたくさんありますが、病院で検査しても異常が見つからない。けど不調があり、困っていらっしゃるのです。

不調をお持ちの方々とセッションをしていくと、「自分自身の考え方」が要因となっていることが多いと気づきます。

私も上記のような不調を感じた時期があります。

「自分自身の考え方」は横に置いておいて・・・が多く、そのかわりに「他人のせい」にしていることがほとんどであることに気づきました。

私が気づきをもらったのは、書籍です。

「嫌われる勇気」岸見一郎・古賀史健 著です。

本記事では「嫌われる勇気」を中心に心のアンバランスからくる不安定な状態を紐解き、改善していければ良いと考えております。

この記事を書いている私は、自律神経不調専門の整体、「心整体 いきいき堂」の整体師として活動しています。

怒り

こんな例があります。

喫茶店で本を読んでいたとき、ウェイターがお客様の上着にコーヒーをこぼしてしまいました。それも買ったばかりのジャケットです。

ジャケットにこぼされたお客様はカッとなって、思わず大声で怒鳴りつけました。

このお客様は普段、公の場で大声を出すことなどありません。しかし、買ったばかりのジャケットでしたので、その日ばかりは店中に響きわたるくらいの大声で怒鳴り散らしてしまったのです。

怒りにかられ、我を忘れてしまった。

怒りの感情に突き動かされて、怒鳴ってしまった。普段は温厚な性格なのに、怒りの感情を抑えることができなかった。自分にはどうすることもできない不可抗力だった。

あまりにも突発的な出来事で、考えるよりも先に声が出てしまった。

前回ブログ(※2021.10.4 トラウマは存在しない)で紹介した「目的」に沿った行動とはいえない、どう考えても「原因」ありきの行動ではなかっただろうか・・・

つまり「自分にはどうすることもできなかった、不可抗力である」と。

では、こういうケースの時はどうでしょう。

あなたが偶然、刃物を持っていたとして、カッとなったはずみに相手を刺してしまった。とんでもないことです。

その場合も「自分にはどうすることもできなかった、これは不可抗力なのだ」と弁明できるでしょうか?

前述の「声を荒げる」と「刃物で刺す」、これらは「怒り」というどうすることもできなかった不可抗力のせいなのでしょうか?

もし、これらが「怒り」のせいであれば、当人の責任ではなくなってしまいます。人は感情に抗う(あらがう)ことができないのでしょうか。

感情を捏造(ねつぞう)

この書籍では、このような事例についてこう述べています。

「怒りにかられて、大声を出した」のではない。「大声を出すために怒った」のだと。

つまり、大声を出すという「目的」をかなえるなめに、怒りの感情をつくりあげたと述べています。

えっ??カッとしてしまったからじゃないの?

大声を出すという「目的」が先にあり、大声を出すことによって、ミスを犯したウェイターを屈服させ、自分の言うことをきかせたかった。

その手段として、怒りという感情を捏造したのだと。

わざわざ大声を上げなくても、言葉で説明すればウェイターは丁重にお詫びもしたでしょうし、きれいな布巾で拭き取るなど、然るべき措置もとったはず。あるいはクリーニングの手配さえしてくれたかもしれない。

大声を出したということは、ウェイターがそうするであろうことを心のどこかで予期していた。にもかかわらず、大声をあげてしまっていた。

言葉で説明する手順を面倒に感じ、無抵抗な相手を、より安直な手段で屈服させようとした。その道具として、怒りの感情を使ってしまったと。

いやいや、そうは行っても、「怒り」とは突発的な感情です。色んな考えをめぐらせてから怒ることはないと思います。

どう考えても突発的です。

では、もうひとつの事例をご紹介します。

母親と娘が大声をあげて口論していたときです。突然、電話のベルがなりました。「もしもし?」慌てて受話器を取った母親の声には、まだ怒りの感情がこもっています。

ところが電話の主は、娘が通う学校の担任教師でした。そうと気づいた途端、母親の声色はていねいなものに変化します。そのまま、よそ行きの声で5分ほど会話を交わし、受話器を置きました。と同時に、再び血相を変えて娘に怒鳴りはじめたのです。

よくある話ですね。

この事例も前述の事例と同様、「怒り」の感情を作り上げているのです。

つまり、怒りとは出し入れ可能な「道具」なのです。電話がかかってくれば瞬時に引っ込めることもできるし、電話を切れば再び持ち出すこともできる。

母親は怒りを抑えきれずに怒鳴っているのではありません。ただ大声で娘を威圧するため、それによって自分の主張を押し通すために怒りの感情を使っているのです。

「怒り」は目的を達成するための手段なのです。


本日はここまでです。

みなさんいかがでしたでしょうか?

怒りとは突発的に起こる感情であると私も思っていましたが、紹介した事例のように、確かに怒りはコントロールでできています。相手が屈することを予想してやっているほかならないですね。

まだまだ続きがありますので、続編はまた次回のブログで紹介したいと思います。この先の内容が気になり、早く知りたいという方は書店にてお買い求めいただき読書してください! 笑

それではお付き合いくださり、ありがとうございました。

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